ジョン・ラーベ上映会のメモ
シネ・ラ・セット21は、2015年は戦後70年をむかえるにあたりアジア太平洋戦争の一局面・南京事件を描いたドイツ映画「ジョン・ラーベ」の上映会を持つことにしました。
戦争が終わって70年がたつにもかかわらずふたたびこの国の歴史認識問題が問われている現在、目を閉ざすことなく歴史の事実に向き合う上映会として位置づけ、開催。
この映画は日本の劇場において一般公開されていない作品だということで従来以上に多くのみなさんに見てもらいたいと考え、今までシネ・ラ・セット21の上映会活動を応援していただいている方々の協力を得て「ジョン・ラーベ」富山上映実行委員会をつくり、富山と高岡、2つの会場で上映会を持ちました。
香川照之、アラタなど日本の著名な俳優陣も参加、数々の映画賞を取った話題作でもあったせいか、富山会場では立ち見の参加者が出るなど多くの参加者数を得ました。
記録映画:「公害原論1974」富山で上映 元記者・向井さん、イ病報道を解説 国家の監視を訴え /富山
毎日新聞 2013年10月22日 地方版
◇「企業・学者・行政が結束、患者認定を滞らせた」
明治から高度成長期に至る日本の公害問題を告発した記録映画「公害原論1974」の上映会が、富山市総曲輪のフォルツァ総曲輪で開かれ、上映後には元北日本放送記者のジャーナリスト、向井嘉之さん(富山市)によるイタイイタイ病報道についての講演会があった。
映画は公害研究の第一人者、宇井純さんの監修。100年前の足尾銅山鉱毒事件から、イ病など戦後高度成長期の四大公害病の問題構造を、当事者への取材映像と宇井さん自身の解説で浮かび上がらせた。
向井さんは、66年の入社後約20年間にわたりイ病を継続取材し、数多くの報道番組を発表した。この日は、2011年に出版した「イタイイタイ病報道史」を基に、なぜイ病被害が100年にもわたって続いたのかについて解説。明治20年代から既に神通川流域での鉱毒被害が広がり、昭和30年代には神岡鉱山のカドミウム原因説が浮上。しかし、当時の県政が推進していた産業振興と工業立県にブレーキをかけるとして、知事が県政記者クラブに厳しい報道管制を敷くなどジャーナリズムが全く機能していなかったと指摘し、「もし当時もっと報道されていたら被害を少なくできたかもしれない」と語った。
また、イ病訴訟で原告側が全面勝訴した後も行政側の巻き返しがあり、カドミウム原因説を否定する学者を患者認定審査会の委員長に据えるなど、企業・学者・行政が結束して患者認定を滞らせたと主張。現在も問題は継続中だとして「企業による環境汚染被害だけでは公害ではない。そこに産業や経済の発展を優先させる行政の後押しがあり初めて公害として成立する」と述べた。
さらに、現在の政府による原発輸出に対しては「これまでも日本は公害を輸出してきたのに、原発まで輸出とは納得いかない」と批判。「原発は『トイレなきマンション』。今後も国家を監視していかなくてはならない」と訴えた。【青山郁子】